牛島和彦 武勇伝・伝説の内容とは?リーゼント姿が凄い!

   

どうも今回は、、、

横浜ベイスターズの監督をされてた、、、

 

 

 

牛島和彦さんの、、、

伝説や武勇伝の内容に、、、

 

 

 

迫って行きたいと思います!!

宜しけば、ご覧になって行って下さいね!!!

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武勇伝・伝説の内容が気になる…牛島和彦の年齢などについて

まずは、ご本人に関する情報から

 

  • 年齢:1961年4月13日生まれの56歳
  • 出身地:大阪府大東市
  • 投げ打ち:右投げ右打ち
  • 身長・体重:177kg・70kg
  • 経歴:浪商高等学校−中日ドラゴンズ−ロッテオリオンズ−千葉ロッテマリーンズ
  • 監督歴:横浜ベイスターズ(2005〜2006)

 

牛島和彦 武勇伝・伝説の内容とは?

では、そんな牛島和彦さんですが、、、

 

様々な武勇伝・伝説があるみたいなんです!

その武勇伝・伝説の数々ですが、、、

 

野球

  • 高校時代、練習には全く参加せず試合で結果を出す
  • 高校時代の取材でも、『自分が投げたらチームは必ず勝つ』と発言

 

プロでルーキー時に、、、

稲尾和久投手コーチ(当時)が「9回2死満塁カウント2-3からどんな球を投げるか?」という質問をし、ほとんどの投手が自分の決め球を答える中ただ1人「自分は分かりません」と答えたのがルーキーの牛島だった。怪訝そうな顔の稲尾に対して牛島は「どのような状況で2-3となったかによって、最後に投げる球も変わってくる。2-3となるまでの経緯がないと、最後の球も決められない。点差によっても投げる球は変わるし、一概に決められるものではない」と持論を述べた。これは稲尾が現役時代に実践していた考えと一致していた。この事からも、当時から卓越した投球術の持ち主であったことが分かる。牛島本人は後年この時のことについて「稲尾さんでなくもっと頭の固いコーチだったら、きっと嫌われて目をつけられていただろう」と語っている。

 

高校時代のプラベートでの武勇伝・伝説

 

  • 浪商の総番長だった
  • 練習時間に女性連れで登校
  • 喧嘩で、関東、名古屋、関西それぞれで100人切り達成
    本人「確かにヤンチャな時期もあったけど、そこまでしとらんわ!」と否定
  • 最強の喧嘩番長赤井英和さんも「僕なんかより牛島さんの方がやんちゃだった」と発言

 

と言った感じに様々な武勇伝・伝説が存在する牛島和彦さんになります。。。

 

武勇伝って言えば、浪人してた予備校時代に
そこそこイケメンなだけで、全く面白くない(笑)

女子に人気のクラスメイトがいたんですが
その人は事あるごとにオリラジの武勇伝をして
女子から、笑いをとってたんですけど、、、

それがクソつまんなくて・・・
それ以来、武勇伝ネタが完全に嫌いになりましたね(笑)

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牛島和彦 リーゼント姿が凄い!

そんな様々な伝説・武勇伝を持ってる牛島和彦さんですが、、、

 

 

高校時代は、、、

 

こんな感じでリーゼントだったみたいですね。。。

 

高校野球って言えば、丸坊主では?って思いますが…

まさかリーゼントとは、、、髪型も規格外の選手だったんッスね。。。

 

ちなみに、牛島和彦さんは高校時代はドカベンこと香川伸行さんとバッテリーを組んでたみたいです!

 

なんか、牛島和彦さんの武勇伝・伝説も見て行って、、、

この写真を見ると…香川さんが牛島さんの子分っぽく見えてしまいますよね。。。

 

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